仏を自分の生活の指導者として、自分の一挙手一投足を神の無限の力、無限の生命、無限の智慧に協力して頂いて生活するとき、あなたの生活がどんなに素晴しい輝く尊いものとなることでしょうか。
このような生活を送るには一文の金銭も不必要でありますが、それは何のお布施も払う必要がないという意味ではありません。
それは「全自我を仏にまで委ねる」という最大のお布施を支払わねばならないのです。
我がなくなることです。
そうすることによってのみ仏は無限の智慧と愛と生命と豊かなる供給とをわたしたちに流れ入らしめることが出来るのです。
わたしたちは先ずカラッポのコップになることが必要なのであります。
わたしたちが「我」のコップを空っぽにした時にのみ仏の無限の宝が流れ入るのであります。
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